子供の頃、病気の時によく登場したもの
これ、な〜んだ?

答えは、「なんちゃって葛湯」(笑)

行き場のなくなった使いかけの片栗粉。
そういえば昔、母が片栗粉で葛湯を作ってくれたっけ・・・と思い出し、
抹茶とお砂糖を加え、少量の水で練ってからお湯を加えてみました。^^

ちょっと固まりが甘かったので電子レンジで30秒ほどチンしたら、
寒天みたいになっちゃいましたけど。(^^;ゞ

でも・・・これ、結構イケますね。^^

ショウガとお砂糖を加えたら、とろみのついた生姜湯も簡単に出来るし。
抹茶やココアを加えたら、ちょっとしたデザート風味。^^
片栗粉だったら、家にいつでもありますしね。(^_−)−☆

いやいや、意外なところで意外な発見。(笑)

しかし、人間の記憶って面白いですね。
20年前の記憶がポッカリ飛んでいるのに、
40年前のことを、ふと思い出したり・・・

10歳の頃の夏休み。
炎天下の中、帽子をかぶらないで一日中、友達と自転車を乗り回してたら、
日射病になっちゃって、ふらふらになったことがありました。^^;
あの時も母が葛湯を作ってくれたっけ。

風邪で喉が腫れている時や食欲がない時は、まず「葛湯」
あと、桃の缶詰やパイナップルの缶詰もよく登場したなぁ・・・

今でこそフルーツの缶詰なんて誰も有難がらないけど、
昔は病気の時しか食べられない、結構な貴重品だったんですよ〜

・・・って、もしかして、うちだけかな?^^;
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ミカンを投げる亜蘭知子(笑)
(今日の青空)

今日はひょんなところで探し物が見つかりました。^^

9/21の「まだ破られていない記録」という記事を覚えているでしょうか?

バスケ部に所属していた中学時代の、
私の出したフリースロー大会の記録がまだ破られていない・・・という話。
連続の部で二年連続優勝したことは憶えていたのですが、
最高何本連続で入れたのか・・・?10本だったか、20本だったか・・・?
肝心の部分の記憶が曖昧になっていたんです。^^;

さすがに昔のこと過ぎて、
中学時代の同級生に訊いても、憶えている人は皆無。(笑)
ま、そのうち誰か知ってる人が現れるだろうと、結局そのままになってたのですが。^^;
今日、ひょんなところで、その核心部分を憶えている証人に出逢いました。^^

その証人というのは・・・
何を隠そう、24年前のこの私。(笑)

先日、棚の奥から見つかったLIVE映像(β-VIDEO)を
今、必死でDVDにダビングする作業をしているのですが、
"バランタイン'2"LIVEのMCの場面で、
何故か私が客席に向かってミカンを投げるシーンが。(笑)

「なんで、ミカン???」 ←(本人、すっかり忘れている)

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一番の親孝行って何だろう?


yamayamaさんのコメントを見て
韓国のgod(ジーオーディー)というグループのこの歌を思い出しました。
もう10年前のMVなのですが、国や時代が違っても、
そこに流れる親子の情愛は同じですよね。

ちょっとクサイ(^^;)と思われるほどの親子愛を描いた作品ですが、
実は私の人生にも重なる部分が多いんですよね。^^;

私も初ヒットが出るまで、決して太くない親のスネをかじりまくりでした。^^;
印税が入るようになって初めて、
母に時計とコート(決して高価ではないもの)をプレゼントをしたのですが、
ほとんど袖を通さないまま、母はその後間もなく他界。

私は仕事で成功してお金を得れば親孝行できると思っていましたが、
やっと親孝行できると思っていた矢先に母を失った時の喪失感と言ったら・・・
その頃、私はまだ23才。ちょうど歌手活動も始めたばかりの頃で、
ファーストアルバムを聞かせてあげられたのが、せめてもの救いでした。

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TOYOタイヤCM制作裏話


リアルタイムでご覧になった方はあまりいらっしゃらないようなので、
TOYOタイヤのCM制作裏話を少し。^^

あのCMは今からちょうど20年前、
オーストラリアのパースというところで撮影したんですよ。
撮影したのは12月。
南半球はその頃、日本とは逆で真夏なんです。
空気が澄んでるせいか陽射しの強さが半端じゃなくて、
ちょっと油断してると見る見る焼けてしまうので、
日焼け止めを塗りまくって撮影した記憶があります。

30才の頃は私がちょうど太り始めた頃で・・・^^;
急きょ決まったCMに、慌ててダイエット&ジョギングを開始。(笑)
撮影は二週間に渡って行われたんですが、
パースに発つ前に一週間で約2kg落とし、
現地に飛んでからはホテルの屋上のテニスコートで、
テニスの上手いヘアメイクさんに手ほどきを受けながら、毎日猛特訓。(笑)
結局、本格的な撮影が始まるまでに、現地でまた2kg体重を落としました。
ほっぺがまだふっくらしていますが、あれでも4kg落として撮影に臨んだんですよ。^^;

あの時の頑張りが今も出来たら、
もっと簡単に痩せられそうな気もするんですけどね〜^^;

そして、皆さんが疑問をお持ちの、あの素晴らしい縦列駐車の腕前!(笑)
撮影前の打ち合わせで縦列駐車のシーンがあると聞き、
ビビった私はこちらも必死に猛練習したんですよ〜〜^^;
何せ免許を取得したのが28才と遅かったので、運転には全く自信がなかったんです。^^;

が、しかし・・・

もうお分かりですね。(笑)
現地へ飛んだら、しっかりその道のプロがスタンバってました。(笑)
あの縦列駐車はプロのドライバーさんが運転してたんです。^^;
普通の腕じゃ(私の腕じゃ)、あんな狭いとこ、無理です!絶対、無理です!(笑)

でも、最後に出てくる海沿いのフリーウェイは本当に私が運転してたんですよ。^^
・・・って、あれじゃ誰が運転してても分かりませんけどね。(笑)

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まだ破られていない記録

昨日、姪っ子のKちゃんと話をしていて
私の中学時代の「まだ破られていない記録」の話になった。
Kちゃんは「まだ記録が破られてないなんてすごい〜」と、しきりに感心していた。

そうなんです。^^;
実は私・・・バスケット部に所属していた中学時代、
毎年恒例のフリースロー大会で二年連続優勝をしたことがあるんです。

今はこんなに運動に縁がない生活をしているのに意外でしょう?^^;
運動神経は悪くなかったんですよ、これでも。(笑)

20代前半ぐらいの頃、青森に帰省していた際に、
遠征帰りの母校のバスケット部員たちと、偶然同じ電車に乗り合わせたことがあったのですが、
卒業以来初めてお会いした顧問の先生にも言われました。

「お前の出したフリースロー大会の記録、まだ破られてないぞ!」

その時はまだ卒業して何年も経っていない頃だったので、
そんなにすごい事だとは思わなかったのですが・・・^^;

つい最近、青森にいる姉が、私のバスケ部の先輩でもある同窓生に会ったら、
その時にもまた同じことを言われたんだそうです。
未だにあの時私の出した記録は破られていないと。

もう干支が三回転するほど時を経てるというのに・・・
もしかしたら私はものすごい記録を残した伝説の人になってるんでしょうか?


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七夕...といえば天の川


3年前に沖縄の阿嘉島で見た天の川

普通のデジカメで撮影したのでハッキリとは写ってないけど...
でも、星がいっぱいあるのだけは何となく分かるでしょ?^^
(写真をクリックすると大きくなります)

縮小すると星があまり見えなくなるので
どうにかして大きな写真が見せられないかな〜
と、ブログの機能をあれこれいじっていたら
「サムネイル」という技があるのを発見!(遅っ)
これこれ!この機能を使いたかったのよ〜私は。(笑)

沖縄に行くと、必ず離島にも足を延ばします。
離島はきれいな海と星空以外、な〜んにもないけど
この星空が見れるだけでも行く価値があります。^^

ペンションの屋上に寝そべって見る星空は
本当にこの世のものとは思えない美しさ。
ちょっと目を凝らしていると
流れ星がすぅ〜っと流れるのを何度も目撃できます。

都会ではあまり星は見えないけど...
本当は毎日、降るようにたくさんの星が輝いてるんだよね。

ああ〜またあの星空に会いに行きたい!

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想い出の生そば

同郷のPりんから写メが届いた。

Pりんは中学校の同級生。
この業界に引き入れたのは私だと言う噂もありますが、(笑)
つい最近まで、織田哲郎事務所の看板娘・・・
もとい、縁の下の力持ち娘(笑)をしておりました。^^
14才からのお付き合いだから、かれこれ37年・・・・・(ひょぇ〜〜〜!)

私はともかく・・・
彼女は未だに30そこそこにしか見えません。
この業界で働いてる人は、結構そんな人(年齢不詳)が本当に多いです。

(私はともかく・・・)


さて、弘前帰省中のPりんから送られて来たのは、まず、この一枚。

はい、一見、何の変哲もない駅の立ち食いそば屋です。

そして、二枚目はこれ。


すっかり様変わりしてしまいましたが、
実はこれ、私の故郷、「弘前」駅の立ち食いそば屋さんなんですね〜^^

前に会った時、
「弘前駅で昔よく食べた“生そば”の味が忘れられない」
と、私が何気なく言ったのを、彼女は憶えていてくれたようで。^^*

店構えも変わるはずです。
私がよく食べていたのは、上京して間もなくの10代の頃ですから。^^;

あの頃は駅の外に、小さなプレハブみたいな店舗があって、
寝台特急「あけぼの」に乗って帰省すると、
姉と一緒に必ずこの生そば(きそば)を食べたもんです。^^

寒い冬なんか、特に美味しかったっけな〜〜(遠い目)

店構えは変わっても、
暖簾は紺地に「生そば」って書いてほしかったな〜昔みたいに。(笑)

いやいや、久しぶりに郷愁に浸らせてもらいました。

Pりん、ありがとね!(^^♪

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1968年 5月16日 木曜日

5月16日・・・と言えば、
10歳の時、青森県むつ市で遭遇した十勝沖地震を思い出す。

うちは5人家族だったが、その頃は父の転勤に伴い、
姉二人は弘前の叔母の家に下宿、
末っ子の私だけが両親と共に、下北半島のむつ市に引っ越した。

地震が発生した日は、木曜日で平日だったが、
私はたまたま風邪で学校を休み、一人家で寝ていた。
母は歩いて10分ほどの牛乳工場で働いていた。

大きな地震に遭遇したのは、その時が生まれて初めてだった。
それまで地震と言えば、電球がゆらゆら揺れる程度のものだとばかり思っていたので、
たった一人で遭遇した大地震のインパクトは強烈だった。

【十勝沖地震 マグニチュード7.9  震度5】

その後も何度も震度5の地震を体験しているが、
どう考えても、あの十勝沖地震が同じ震度5だったとはとても思えない。

あのだんだん近づいてくる地鳴りの不気味さ。
ド〜ン!と下から突き上げるような強烈な縦揺れ。
立ち上がろうとしても真っ直ぐ立てない。目の焦点が合わない。
食器棚からは食器という食器が飛び出し、
ガラスの割れる音、家具の倒れる音、飼っていた小鳥達の悲鳴・・・
かつて一度も聞いたことのない音たちが、木造の家がミッシミッシと軋む音に混ざって、
この世のものとは思えない世界を作り出していた。
一歩間違えたら、私は死んでいたかもしれない。

【大地震が起きたら、まず火を消し、戸を開けて出口を確保すること】

地震で家が歪むと、戸が開かなくなって逃げ遅れたりする・・・
私はとっさに母が日ごろ話していた言葉を思い出し、
古い木造家屋から瞬時に逃げ出して、難を逃れた。
ワープでもして来たかと思うほど、あっという間に家に駆けつけた母は、
私がパジャマを脱いで、ちゃんと着替えていたことにもとても驚いていた。

火事場の馬鹿力?とでも言うのだろうか、
自分でも何であんなに冷静に、瞬時に体が動いたのかよく分からない。
我ながら、たった10才でよくあんなに冷静に行動できたものだと思う。

しかし、母も揺れが収まる前に家に駆けつけるなんて、
普通に考えたら、物理的にあり得ない話だ。 
40才の女性が、徒歩10分の距離を1分もかからずに走れるだろうか?
きっとオリンピック選手並みのスピードだったに違いない。

あの地震の大揺れの中、走っていたのは母だけだったと聞いた。
途中で抱き合って泣いている親子とか、腰が抜けたように座り込む人々、
大きなタンスを担いで逃げようとしているお婆さんも見かけたと言っていた。
それも半端じゃなく大きなタンスだったらしい。(笑)
火事場の馬鹿力とはいえ、人間、とてつもない能力を秘めているものだ。

1968年、5月16日、木曜日。
私は永遠にこの日を忘れないだろう。

危機的状況に遭遇した時、ちゃんと生き延びられる知恵を、
私は自分の娘に与えてあげられているだろうか?
それだけは心して伝えていかなければ、と思う。

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鳳凰の形の雲

昨日、最近撮った写真を整理していたら、
ふと面白いことに気づいた。

これは沖縄で撮影した鳳凰の形の雲。

上が2006年、下が2008年。

写真を整理するまで、前にも鳳凰の形の雲を撮影したことを
すっかり忘れていた。

それにしても・・・
何故、鳳凰に似ているって思ったのかな?
どこかで鳳凰の写真でも見かけてたのかな???

・・・と、思ったら、
鳳凰って新一万円札にも描かれてたのね。^^;

調べてみたら、鳳凰とは中国の伝説の鳥で、
『聖天子の出現を待ってこの世に現れるといわれる瑞鳥』
(瑞鳥…めでたいことの起こる前兆とされる鳥)とある。

ほ〜ぉ。

・・・ってことは、あの雲を見たのは何かの吉兆?

・・・と言っても、気づくの、遅すぎですけど。^^;


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